「今の心地いい」を選択しているが、どうにも周りから批判が出るという人へ

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こうぞうと話をしている時に、

こうぞう「なんか最近、“今”がよければいいって風潮あるじゃん?

あれってちょっと違和感あるんだよね〜」

 

じゅんこ「なにが〜?」

 

こうぞう「周りの人が傷つくことすらも、

自分が心地よかったらいいの?」

 

じゅんこ「う〜ん、ってゆうか、

純粋意識に到達してないからだよね〜。

後、問題は共同創造だから。」

 

こうぞう「ほう。」

 

じゅんこ「純粋な混じりけのないエネルギーになると、

“やりたい““こうしたい!”

っていう願いは全て、

源からの欲求だから、

障がいは何一つ起こらないと思うよ。」

 

こうぞう「なるほど。んじゃ、

共同創造とは?」

 

じゅんこ「(こうぞうをパンチする)これ」

 

こうぞう「?」

 

じゅんこ「相手がいないとできない」

 

こうぞう「なるほど。その共同ってことは分かった。

相手がいないとできない。

“創造”ってのは?」

 

じゅんこ「魂が求めている経験があるから。

表面的にはこんな辛い経験なんかしたくない!

って思ってるかもしらんが、

魂は、“ケンカしてみたい”“攻撃されてみたい”

って思ってる方と、

してみたいと思ってる方がいるから」

 

こうぞう「なるほど。」

 

 

******

 

会話を解説すると、

最近、「今」を生きよう!

としている人が多くなっている。

 

それはとってもいいことだと思うのね。

 

だって、エネルギーは過去にも未来にもなく、

“今”に宿っているから。

 

そんで、約束したけど、行きたくない!

とか、

この人たちとずっと遊んできたけど、なんか最近面白くない…

とか、

“今”

を生き始めると、

そういう感覚が、

「違和感」「ざわざわ」として出だしてくる。

 

んで、

よく「勇氣だす」って言われるのはここで、

それを「やってみている段階」

なんだよね。

 

「試してみている段階」

とも呼ぶのだろうか。

 

 

んで、ここの段階って、

まだ、

「恐れ」と「愛」

の狭間なのね。

 

「愛」=「純粋なエネルギー」

 

だから、

どんどんと、「愛」に近づいていってはいるものの、

まだ「恐れ」との狭間にいるから、

一見だけど、

「トラブル」「相手を必要以上に傷つけてしまう」

「守れないのに約束ばかりして、ドタキャンしてしまう」

ってことになる。

 

 

なにが言いたいかってのは、

「そのまま進めばいい」

ってこと。

 

「違和感の存在に氣づいて、

行動してみて、

何かが起こって、

その物事が一見トラブルのように進んで、

 

時間がたって、

あ〜このために、

あの出来事があったのか!

そう思うときがやってきて、

その時ふっと、

自分は自分の魂の道を歩き始めていたことに氣づいて、

 

周りの状況をありがたいと思い出し、

受けてる愛に感謝し出し、

それを素直に表現できるようになったら、

 

その時、

本当に、

「愛そのもの」=「純粋なエネルギーそのもの」

になっているから。」

 

 

感情はコントロールなんてしないでいいよ。

てゆうか、無理だよ。

自然現象だから。

 

だけど、それは、

「誰か」に投げつけるために起こっているんじゃないんだよ。

 

「自分」が経験したいから起こってるのだ。

 

と、3年前のじゅんこに教えてやりたい。笑

 

とか、いいながら、こうぞうにいつも投げつけてる

現在のじゅんこです。笑

******

 

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